頼む!!
アワワワ・・・
ワタシの大好きな練習場が無くなるって!?
みんな?!!
川口に集まれ?!!
埼玉県とはいえ、東京都北区から川を渡ればすぐ、でバスに乗れば170円(だったかな?)
で行ける。
歩いたってすぐ。
なくなっちゃうの?悲しい・・・。
http://www.morijun.jp/
リーダさんの仕事がひと段落したらまたちょくちょく行こうと思ってたのになあ。
どうやらお客さんが増えれば気が変わるらしい・・・みなさまのご協力よろしくお願いします。
さて、今日はダンスのメーリスで、2008年5月22日(木)19:00?20:54 日本テレビ
で吉野先生が出演する、と回ってきたので、ワタシもコピペしてご紹介します。
「忘れられたガン」を患った社交ダンスプロダンサー・・・
ミス日本という輝かしい過去を持つ彼女が、辛い現実と向き合い「今」を精一杯生きる!!
あなたは平滑筋肉腫という病気をご存知ですか?
平滑筋肉腫とは、世間から忘れられたガンと呼ばれる悪性の腫瘍(しゅよう)。
発症例が少なく研究者も少ない上、再発しては外科手術をし続ける以外の有効な治療法が未だ見つかっていません・・・
さらに、この平滑筋肉腫は、未だ国の難病指定を受けていません。この病を患った人たちは、世間にその存在をほとんど知られておらず、厳しい現実と立ち向かいながらの治療を余儀なくされているのです。
吉野ゆりえさんは、突然、この「平滑筋肉腫」を患った一人。
この番組では、突然、厳しい現実を突きつけられた彼女が生きる"今"に密着。そこには、平滑筋肉腫という忘れられたガンの存在を広く認知してもらいたいという彼女の切なる願いと、病を患いながらも前向きに生きようとする姿がありました。
★放送内容
2年前の夏、2006年の24時間テレビの中で行われた「ブラインドダンス大会」。
芸能人社交ダンス部も参加したこの大会は、視覚障害者が踊る、世界で初めて開かれたダンスの祭典。
全盲から弱視、目にハンデキャップを持つ人たちが晴眼者の手を頼りに華麗なステップを披露しました。
そんな彼らにダンスを教え、大会実現に向け、日本中を奔走した一人の女性・・・吉野ゆりえさん(当時38歳)
この時、彼女は大きな病に犯されていました。
「忘れられたガン」と言われる悪性の腫瘍に蝕まれていたのです。
ミス日本、そして社交ダンスのプロとして世界で活躍するトップダンサーだったゆりえさん。その輝かしい人生はある時一転します。
カップル解消、離婚・・・そしてガンの発病
彼女は40歳を前にして、全てを無くしました。
彼女を襲ったガン…病名は「平滑筋肉腫」
子宮、血管や消化器など、さまざまな臓器の平滑筋にできる悪性腫瘍(しゅよう)。
手術で切っては再発を繰り返し、薬も治療法も決め手がありません。
患者が少なく、製薬会社による研究開発も後回しになりがちで「忘れられたガン」と呼ばれている病気…
初めて聞くその病名に彼女はとまどい、インターネットで自分の病気について必死に調べます。
そこで目にしたのは「5年生存率7%(ステージ???期 ※国立がんセンターHPより)」という文字。
彼女の骨盤に広がった腫瘍の状態は「がんのステージ」の?期から?期。
「5年後、私は…」彼女は絶望の暗闇の中にいました。
もう一度恋をし、結婚、子どもを産み、家族を持つ、そんな女性としての夢は…
もちろん、明日の命さえ…
そんな彼女に生きる希望の光を与えたのは、全盲の少女との出会い、そして視覚障害者ダンスサークルの人たちの笑顔でした。
世界初の視覚障害者による社交ダンス競技会「ブラインドダンス大会」開催を目指すスタッフとなった彼女。
日本中を飛び回り様々な病気や障害を持った人々とふれあううちに、たくさんの勇気をもらいました。
生きる希望を見つけた彼女は病気のことは誰にも話さず、真夏の炎天下の中での懸命なダンス指導を続けます。体重は7キロ減。そんな中、不幸にも病気が再発。
手術日を延ばし、卵巣横に出来た悪魔のような腫瘍を抱えての、命懸けの仕事でした。
「ブラインドダンス大会」は大成功を収めます。
彼女は、大きな喜びと充足感の中、覚悟を決め手術のため病院へ。
なんとそこで奇跡が起こりました!腫瘍が消えていたのです。
多くの人たちからパワーをもらったのだと感謝するゆりえさん。
しかし9か月後、再発。
恐れていた事態。
ところが彼女は、落ち込まず、前向きに生きる人生を選択します。
厚生労働省に難病指定を求めて交渉へ、そして、「キュアサルコーマ」と呼ばれる同じ病気を持った患者の団体と交流を持ち、あまりに知られていない「平滑筋肉腫」という病気があること、その治療法研究が後回しにされていることを多くの人に訴えていこうと決意したのです。
そのために自らの病気を公表し、活動しようと考えたゆりえさん。
しかし、一つ大きな気がかりがありました。
それは中学の時、父を亡くして以来、女手一つで育ててくれた故郷の母にまだ自分の病気について話していないこと…
23年前、突然の兄の死で嘆き悲しんだ母の姿を思うとどうしても話せずにいたのです。
しかし「周りから母に伝わる前に、自分の口からちゃんと伝えたい」と逆告知を決意。
実家へと向かうのです。
果たして彼女は母に話せるのか…
そして、進行する病魔は…
様々なハンデキャップを持つ人達と芸能人社交ダンス部との心温まる交流…
絶望を希望に変え、彼女は精一杯、生きていく。
・・・RINKOはこの番組宣伝を読んだだけで、うる・・・ときてしまいました。
吉野先生と言えば、ワタシの勤めていた会社にもよく来てくれ、
練習場でも顔を合わせていて、名前や顔も覚えてくれて、挨拶や声をかけてくれたりした本当に優しい先生です。
このような病気で闘っていたとは全く知りませんでした。
番組を楽しみにしようと思います。
みなさまもどうぞご覧下さい!
