おもいで。
小学生のときの話。
ワタシのクラスでは、半年に一度ぐらい「お楽しみ会」というものがあって、
各自500円ぐらいの手作りプレゼントを持ち寄り、手作りのお菓子を食べ、
クイズ大会などし、
最後に、円になって歌を歌いながら目をつぶってプレゼントを隣の人へ回し、歌が終わった時に持っていたものが自分のプレゼントになる、
という粋でいなせな会合がありました。
学校で堂々とお菓子を食べれるという、うれしさ。
500円でも人から何かもらえるという、楽しさ。
小学生のRINKOさんは、この「お楽しみ会」が文字通り「お楽しみ」で仕方なかったのです。
そんな小学生、四年生のRINKOさんは、久保田君という子が好きでした。
久保田君とは「不思議の海のナディア」が好きという共通点から仲良しになりました。
当時ビデオデッキもない時代でしたので、
カセットレコーダーにテレビを(音のみ)吹き込む、という、
いかにも小学生が考えそうなことをして、
貸し借りをする、そんな間柄でした。
久保田君の吹き込んだテレビの音を聞きながら、
家族の光景が垣間見えたりして(テープレコーダーだからいろんな音をひろっちゃうわけですよ。)
それはけっこう楽しいものでした。
(確か犬が吠えてたのを覚えています。)
さて、お楽しみ会の朝、
みんなはプレゼントの話で夢中です。
「何にした?」
「俺外国のコイン」
「それ、すげー欲しい!」
「俺キラキラのシール!」
「私ティッシュケース!」
とか、もうワクワクのプレゼント交換なわけです。
ですが、青い顔をしている彼がひとり・・・。
なんと!久保田君が500円のプレゼントを忘れてしまい、とても焦っていたのです。
こんな素敵な日に500円のプレゼントを忘れるなんて、非国民と罵られてもしかたありません。
それがわかっていたので、久保田君はほんとに青い顔をしていました。
でもRINKOはけっこうお世話さんだったので、そんな久保田君に、
「しょうがないわねえ、じゃあ学校にあるもので作ろうよ!!」
と言いました。
「肩たたき券・・・」
「そんなのやだよ。」
「だよね。」
なんて、結構いいカンジで話し合っていました。
それでRINKOはかいがいしくもわざわざ図工の部屋しのびこんでだりして、リボンなどを手にいれ、
「これで何かできないかな・・・」
と考えたわけです。
しかし、時間はどんどん過ぎていきます。
「お楽しみ会」はちょうど、給食の後に行われる会だったので、給食中、ふとひらめきました。
給食で出た牛乳瓶のフタ(ワタシの時代は牛乳はビンなのだ。)
にリボンをくっつけて、
メダルにしたのです。
まあ、当然のごとくまったくしょぼしょぼで、こんなの絶対誰ももらいたくないだろ、って思いました。
でも、もう何も思い浮かばないのです。
当時のRINKOさんはかなりの完璧主義だったので、
「こんなの作ってしまった自分。」
が悲しいやら、時間も無いやら、
なんだか最終的に、プレゼントを忘れた久保田君に腹がたってきて、
「これでいいんじゃないのっ!!」
とイライラしながら久保田君に渡しました。
「うん、いいと思う。」
と、彼は素直に受け取り、昼休みを終える時間となりました。
ですが、ワタシはどうしても納得できなかったし、
あんなに楽しみだったお楽しみ会が、全然お楽しみでなくなっていくのを自覚していたので、
「お楽しみ会なんてしなくていい!なくなればいい!」
と思いたち、
みんなのいない隙を見て、
そこらへんの消火器をぶちまけました。
しかも何個もやりました。
「だれだーーーーーーーーーーー!!けしからんーーーーーー!!!」
と江藤先生の声が廊下に響きましたが、
ワタシは無視をしました。
お楽しみ会をなくすための強硬手段です。
教室では、
「目をつぶれ、やった人は手をあげなさい、先生言わないから。」
と江藤先生は言っていましたが、
それも無視をしました。
それで、お楽しみ会が無くなるか?と思ったら、
みんなで消火器の掃除をし、
お楽しみ会がはじまってしまいました・・・。
あーーーーーーーーーーー。
こうなったらお楽しむしかありません。
クイズをしたり、歌を歌ったりし、
消火器のことも忘れて、
「やっぱりお楽しみ会だわ!!」
と、どっぷり楽しんでいました。
それで最後、わくわくのプレゼント交換で、
ワタシは田川さんの作ったピエロのぬいぐるみが欲しくて、
「あれが当たりますように!!!」
と願っていたのです。
でも、ワタシの元にプレゼントされた代物は・・・
目を閉じていてもわかるこの触感・・・
も、
もしや・・・
これは・・・
久保田君の牛乳瓶の蓋のメダルでした・・・。
厳密に言うと、ワタシが作ったしょーもない牛乳瓶の蓋のメダルに、
久保田君が、
「バカで賞」
と書きこんだ、
最低最悪のしょーもない、賞もない・・・(・・・。)
プレゼントでした。
久保田君は、泣き顔のような笑い顔のような微妙な顔でこちらを見ていました。
はっきりいって学校の帰り道、泣きました。
人のためにはりきっても、いいことなんかない、
と思ってしまいました。
それでその日を境に、久保田君とは疎遠になりました。
でも、消火器をぶちまけたのがワタシだと薄々分かっていて言わないでいてくれた久保田君には、
少し感謝しています。
でも所詮は「バカで賞」
のワタクシなのです。
