大阪インターナショナルダンス選手権大会
昨日の大阪インターナショナル選手権プロラテンで
大田紗佑里・(宮崎彰信)カップルが見事ファイナル!!!
6位に入賞しました〜!
仲 清志・由良真澄カップルもベスト24入り
プロスタンダードでは白谷和紀・(長谷川亜樹)カップルが3次予選
池本規恒・樫本真実カップルは2次予選でした。
青木康典・知子組 引退デモ
こんな作品を送っていただきました!
佐藤様ありがとうございます!
青木康典・知子組 大成功の引退デモ!@武道館
昨日の日本インターでの青木康典・知子カップルの引退デモはすばらしい感動を与えてくれました!
会場総立ちで祝福しました!!!
<撮影 望月 隆さま>
ありがとうございます!
日本インター
今日明日の両日、日本武道館で日本インターナショナルダンス選手権大会が開催されます。
TDWから仲 清志・由良真澄カップル、大田紗佑里・(宮崎彰信)カップルがプロラテン(初日)に、そして白谷和紀・(長谷川亜樹)カップルがプロスタンダード(明日2日目)に出場します!
大いに気を吐いて頑張ってもらいたいものです!
そして
明日日曜日の夜の部のセレモニーで青木康典・知子カップルが引退デモンストレーションを踊ります!あのすばらしいセグエが再演されます!!!
大声援で青木カップルを応援しましょう!
Dance Fan7月号 「コーチャー訪問」掲載記事
田中英和プロは、世界大会で3本の指に入った屈指の名チャンピオンダンサー。磨かれたウオークに礎はあるが、彼の非凡さは地道な努力家に終わらず、明晰な頭脳を持ってしてウオークから発展させてダンスを解析し、ブレのない軸を基調にスケールの大きな踊りを作り上げ〈ヒデカズワールド〉と言わしめた。現在、アデールプロら家族が待つダンス王国・英国と日本を頻繁に往復して最高峰のダンスを鑑み、それに見合う選手育成に精進。日本ダンス界に大きな貢献を果たしている。
―田中先生の武勇伝、ダンス・ウオークで街中を歩かれた話はあまりにも有名ですね。
田中 学生の時よりビギンの(故)久保文子先生に師事していてね、レッスンでは大阪弁で「歩いときや〜」「脚、振っときよ〜」「ボディー行ってへんで〜」「押したらあかんで〜」とそんなレッスンばかり。だけどスタジオでは強豪校の京大や同志社の同級生や先輩は、僕がウォークしている横をビュンビュンと踊っていたけどねぇ。
―そんな光景を見て悔しいと思ったことは?
田中 勿論!何で自分だけ歩くだけ?と思ったことも...。けど競技会の成績は、レッスンを受け始めた頃は予選落ちばかりだし、自分の大学(関西学院大学)の部はレベルも低く、部員も少なく、当時の僕はどの種目もいくつかのベーシックステップしか知らず、おまけにウォークすらできないならレッスンで言われることをするしかないって半分あきらめの境地だったな。
―街中をダンス・ウオークしたのは?
田中 ある時いつものウォークでお文先生に「押してんで〜」って言われ、押さないようにすると今度は「ボディーないわ」って言われたとき、プチって切れてしまいましてね。(笑)。か〜っと頭に血が上った勢いでダンスシューズのまま「ちょっと頭冷やしてきます!」って心斎橋の商店街を2時間近くも鬼気迫る表情でドワ〜!って歩いたんだよね。「これで文句あったら言うてみい!」って思ったときにスタジオに戻って、「レッスン続けんの〜?」で再開。「それでえ〜ねん」と言われ、「あたりまえじゃ〜!!」などと思ったことを覚えてる。非常に生意気な生徒だったようで。
―ウオークに専念する毎日で、何が変わりましたか?
田中 少なくとも半年は毎回ウオークだけだった。はじめのころはレッスンでの言葉の意味も分からなかったけど、やっていくうちにお分先生の言葉の意味が分かってきて、なるほど!って思うことが日に日に増えて、〈言われること〉と〈していること〉が合致してきたと実感が出てきた頃、そして自分が変わってきている変化を楽しめるようにもなっていた。そんな時成績も突然に出始めて2回生の冬に炸裂し、秋季関西戦で総合2位、3回生のときに関西の学生チャンピオンにもなれた。
―磨かれたウオークがスイングに繋がっていったのですね。
田中 ウオークをマスターするようになって、それがスイング、ターンと展開し、リードのこつを体得し、継ぎ目のない深く伸びやかなダンスができるようになったことが大きかったのだと思う。ウオーク練習で立っている足で床を使うことを学び、ゆっくり歩くことでどのように自分の身体に負荷をかけるかも習得したから。ずっと後になってからだけど、あのリチャード先生やボビー先生から、「あなたの脚は完璧」とお墨付きをもらえた!
―タンゴ特集号に因み、タンゴについてお話しを頂けますか?タンゴはウオークダンスと言われますが...。
田中 一般論としてスイングダンスが立っている足を使ってもう一方の脚(足)を振っていくのに対し、タンゴは両足を使うダンス。フットの複数形はフィートだから、タンゴの場合はフットワークと言わずフィートワークというほうが分かりやすいと思う。この両足がワークするに伴って、脚の部分に独特な強さが生まれてくるんだ。この足と脚の工夫がボディーのスピードと脚の時間差を生み、タンゴの妙味を創るんだよね。このボディースピードと脚のスピードをコントロールできるようになるには完璧なポスチャーとホールド、相当なセンターの粘り強さが必要。タンゴによく例えられる草原サバンナのライオンのように、獲物がにじり寄ってくるそのチャンスを待つ、緊張感のあるダンスがタンゴ。情熱やパッションはそこから生まれるもの。だから僕は安易にスタッカートと言う言葉を使うべきではないと思う。「スタッカートは何故そう見えるのかを考えよ!基礎や理解がなければスタッカートな表現はできない!」と、声を大にして言いたい。
―タンゴについての解釈もそうですが、上っ面でダンスを捉えたら危険性は大ですね。
田中 僕は、上達への近道は地味なことの繰り返しなのだと身を持って知っている。近道として思い込んだアイデアは実は遠回りであり、目的にも近づけない。ボールルームダンスの一番美しい瞬間は何か?そういったダンスに対するものの考え方を初めに教えてくれたのがお文先生だった。
―師匠との深い信頼関係が、大きな大輪を咲かせましたね。
田中 僕がチャンピオンになったときにお文先生のノートを拝見させてもらえた。当時カセットテープも八ミリもない頃だったから、日本インターやサンケイ杯などの前後にあった講習会に参加されて、世界のグレイトな先生が話した言葉を聞き取って書き記されたもので、十数冊に渡ってびっしりと書かれていた。そして「グレイトチャンピオンはこう語り、これが世界チャンピオンの言葉なのよ!」と話されたときに、僕の体中が熱くなったのを今でも思い出すね。ダンスに対しての情熱が半端でない先生だった。
―学生の時に既にホンマモノに近づき、学連チャンピオンだったから、迷わずプロに?
田中 4回生の時に就活をしたけれど、自己分析していくと進む所はここじゃない!と判断し、半年以上かけて父を説得。「チャンピオンになるのか?それなら死ぬ気でやれ!」と言われて。それでビギン(久保寛幸先生がオーナーである)に就職。
―直ぐにスターでしょう?
田中 とんでもない!生徒さんなんて1週間で2人しかいなくて、朝から4時まではお蕎麦屋さんでバイトもして、またパートナーもいなくて競技会にも出られずで、人並みに(?)不遇の時代だった(笑)。
―翌年から競技に出られ、1988年に長期留学ですね。
田中 先輩から「渡英するんだったら3ヶ月が必要」と言われて。最初の1ヶ月は誰でも良くなる、2ヶ月目は悪かったものが膿となって外に出すから悪くなり、3ヶ月目にしてその膿を出し切り、そこからが磨きをかける時だと聞かされて。
―留学の成果は?
田中 「どうせなら長期!」と師匠にお願いして8ヶ月の留学を決行。でも8ヶ月間は地獄のようだった。スターボール、UK、ブラックプールの全てにおいて成績は一向にダメで、逃げ場もなくパートナーとも喧嘩もして...。ただ帰国後すぐの9月の西部日本戦で優勝してこの頃から上昇気流に乗ったかなぁ。翌年は全英プロライジングでいきなりの5位。国内も日本インターで初ファイナル入りと、やっと機運が見え始め、10ダンスチャンピオン、国内チャンピオン、全英本戦でも初ファイナル入りができて。
―現役で最後の転機はアデール先生と組まれたことですね。
田中 96年の10月の末にパートナーと解消してからの3ヶ月は荒れた生活を送っていたけれど、突然、97年のUK直前にアデールがアンドリューと解消したニュースが飛びこんできて、紹介もあって2月の最初にスターライトで会う約束が取り交わされた。僕はずいぶんソワソワしたんだよね。
―踊った印象は?
田中 最初にスローを踊ったとき、自分の身体のエネルギーレベルを上げれば上げるほど僕に感じる彼女のセンター、そして足元から沸き上げるエネルギーは本当にすばらしく、日本人女性にはまずないものだったね。
―「Wのナチュラルスピンターンでアデール先生の動きはまるで活火山のマグマのような感触」も伝説ですね。
田中 そう、「ナンじゃ、これ!」って思ったもの。本当に世界のトップ選手って女性もスゴイことを実感。アデールとのデビュー戦、97年の4月末のハーツボールであのアンドリューを抜いて2位(ルカが1位)、また全英選手権でも3位になれたのは心から嬉しかった。アデールと踊った97年の日本インターではQのクイックオープンリバースの連続のところで武道館が唸った瞬間、踊ってる本人がぞくっときたんだよ!身体の中から刻まれる躍動、2人で作るダンスの喜びを得られた感動的な一シーンだった!
―技術以外にも成功する何かがあったのですか?
田中 お互いに世界のファイナリストの時にカップル解消という辛い経験をしているから開き直れたのかも。肝心な所で喧嘩にならずにすみ、いい意味で尊重し合えた。
―ダンスは2人で踊るもの、その作業をするために必要なことは?
田中 健康チェックと同じで、持っているものが正しく作動するかどうかの確認作業と、その能力を高めることが先ずベースになる。そこに何を付加していけるかだと思う。ダンスって男と女が手を取り合って、自分一人では生み出すことが出来ない浮遊する瞬間を感じ取り、またパートナーとフロア、音楽、空間などを共有した時にハーモニーが生まれ、共有しているモノを使って加減速する、これこそが醍醐味。後は経験や知識が増えて自信に繋がる。そんな味のあるダンサーは自分たちの体を通して観る者にも感動を伝えられるから素晴らしいという評価になるのです。
―「手を取り合って共有すること」、これは人間としても、感動的なことですね。
田中 そう、人間関係の縮図にさえ思える。二人が大切なもの共有し、夢や希望を周囲に与えられる。僕はダンスにはそうした前に進もうとする勇気や生きることへの喜びをも与えられる力があると信じている。選手はそんなダンスの真髄を感じて、どんな大会も果敢に踊りぬいて欲しい。
