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田中英和先生のワールドダンス

コラム&本誌企画

スペシャルなレベルへのチャレンジ

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今年で93回目を迎える伝統の「ブラックプールダンスフェスティバル」。英国北西部のブラックプールのウィンターガーデンに今年も世界からトップダンサーたちが集まり、その持てる技を競います。大会を2週間後に控えた5月中旬には、ロンドンを中心にした各スタジオでは多くのダンサーたちが熱の入った練習とレッスンに汗を流し、最後の調整に余念がありません。最近の競技ダンスのスタイルは、よりパワーやスピードを求めるのは当然のこととなり、加えてコレオグラフィーの複雑化も進んでいます。そんな流れの中で、ダンサーたちはエネルギーレベルを上げるべく、コーチの指導のもと、実戦を想定したハイパワーな動作の繰り返しに専念しています。

ところがここ数年、明らかにインプルーブ(成長)していると言えるダンサーを、残念ながら見ることができないのです。ある意味、最近のパワー優先の流行、複雑なコレオグラフィーが、インプルーブの邪魔をしているとさえ思ってしまうのは私だけでしょうか?

踊れる身体は、やはり踊ることで鍛えられるのが理想なのですが、基礎の繰り返しで培われる「ダンスの奥義」、それへのアプローチを省いて、表向きの力強さで体力を振り絞って動き回る練習を繰り返しても、本当に魅力のある、皆が憧れるような「踊れる身体」が出来上がっていくとは私には思えません。今のダンサーたちはアイデアも豊富。分析能力に長けたコーチャーが数多くいる環境は、もしかすると、ダンサーにとってあまり喜ばしいものではないのかもしれません。頭でっかちになってしまうのはとても危険なことなのです。

もっとも大事なことは、正論の理解と、それを実際にマスターするための繰り返しの練習、すなわち「単純学習の反復」しかないのです。故ビル・アービン先生も「ダンスのテクニックもコレオグラフィーも簡単な方が良い。その方が人間はより複雑に変化することができる」と。私も全くの同意見です。単純に見える動作でも、それを繰り返し行なうことで、さらに深く上等なものに近づいて行くチャンスが生まれるのです。

 

踊れる身体を作るために欠かせない

ダンスの奥義とも言える「単純動作の反復練習」

 

まだ私がアマチュアの時、故田中忠先生に「フロアの下に埋まっている真っ赤なエネルギーを足の裏で吸い上げ、身体全体をピンクにしろ! どこか一部だけが赤くなってはだめだ!」と言われたことがあります。フットプレッシャーにより生まれたエネルギーを足の裏から骨盤、そしてコアに送り込む、とてもイメージしやすい言葉でした。

ある年のサンケイスターズ(現大阪インターナショナル選手権)前の外国人講習で、当時世界チャンピオンになったばかりのドニー&ゲイナーのレクチャーに参加した時の話。ドニーがマイク片手にスキッと立ってレクチャーしているその後ろに回り、彼の立ち姿のコピーをしようとしたことがあります。ところが、10秒も経たないうちに脚の筋肉が攣ったのです。「なんというフットプレッシャー!  なんという下半身の強さ!」。あれほどのダンスができるのも「立つことへのこだわり」があったからこそだったのです。

それからというもの、フロアの上にちゃんと立つこと、ダンスの基礎を高めるための足振りの練習、それに伴うウォークやナチュラルターンのフルスウィングの繰り返し、タンゴのウォークやリンク、クイックステップのペンデュラムスウィング、ルンバのクカラチャなど、単純動作を時間の許せる限り繰り返し練習したものです。それが今の私のベースになっているのは紛れもない事実です。

踊れる身体を作って行く過程を踏みながら、今度はそれを使いこなす練習も同時進行しなければなりません。英国に留学する時期になると、レッスンの合間の練習はもちろん、毎夜練習会に参加したものです。最初は恐ろしいほどの勢いで踊る世界のダンサーの流れに乗って行けず、コーナーからコーナーに逃げ込むようなダンスしかできませんでした。それが実践的な練習を繰り返すうちに、その恐ろしいほどの流れに乗って行けるようになり、最後には自分たちがその流れを作り出せるようなレベルに上がって行きました。そのレベルに到達した時、やっと全英での、そして世界での成績が動き始めたのです。

自身のダンスをスペシャルなレベルに上げて行くのに必要なことは? 表向きの強さや器用なスピード、自己満足的な緩急の表現などではありません。音楽を自身の身体にいっぱいに取り込める能力、フットプレッシャーにより身体のトーンを強くできる能力、そのエネルギーレベルの高さやコンプレッションという圧する度合いをコントロールできる能力、フットワークの理解から推進力を持った静かで力みのないエネルギー溢れるスタイル、お互いが作るスペースをさらにいっぱいにして行けるアングルのあるボディ、ひずみなく美しく開く両腕、音楽いっぱいにゆったり、しっかり、時に俊敏に、エレガントに回転、上下動、前後左右に移動できる能力……、挙げていけばきりがありませんが、これらは全て単純な動作の繰り返しで成し得る事柄ばかりです。そしてこれらの地味に見えることの「追求」がスペシャルなものへのアプローチとなるのです。

スペシャルなレベルへのチャレンジは自分自身との戦い。今回の「全英」も上達の中の一過程に過ぎません。1年後、そして4年後を見定めて、もっと積極的に夢に向かって進んで欲しいと願います!

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プロフィール

  • 田中 英和

    生年月日:8月9日
    出身:広島県広島市出身
    経歴:1997年2月にアデール・プレストン選手とカップルを組み、5月の全英選手権で日本選手初の第3位表彰台に輝く。「ヒデ&アデール」の愛称で国内外の大会で活躍し、翌98年の全英選手権5位入賞を最後に現役を引退。以降、審査員、コーチャーとして後進の育成にあたっている。また、本誌でも、7年にわたって連載レッスン「ナチュラル・ダンシング」シリーズを執筆し、大好評を博した。
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